かくれが

とあるスマオタの備忘録

DISGRACED(ディスグレイスト)-恥辱

世田谷パブリックシアター http://www.disgraced-stage.com/

初日9/10、9/11、9/14マチネと、いまのところ3回観劇。初日観るまで、難解そうな翻訳劇、しかも相当ストレスかけてくるであろうお芝居を観られるメンタルの気がしなくて、初日しか取ってなかったんですけど、チケット全然余裕だし、サクサク増やしてしまった。難解さよりおもしろさが勝ってるし、なにより安田顕最高なんですけど。最高なんですけど!!?? ファンになって丸8年、舞台は何本目でしょうか。わたしの中でいちばんかっこいいです。お前この芝居に対して、「安田さんかっこいい」って、バカ丸出しの感想なんだよ、って感じですけど、かっこいいもんはかっこいいんだよ! うまく説明できないんですけど、安田顕が1ミリもはみ出してこないのがいい……って言うと、わたしが安田さんのこと嫌みたいなんですけど、そんなことないよw どう説明すればいいのだ、この気持ち。

安田さんがかっこいいことは言えても、ひとりのオタク個体として、政治と宗教の話はインターネットでしたくないので、作品に対する考えが深まるほど、感想が言えなくなってくんですけども。日本にぬくぬくと生まれ育ってる日本人であるわたしには、他人事の結論しか出せないんだけども、ストレスは1時間45分ずっとくらい続けるので、なかなかのしんどさであった……。安田さんしぬほどかっこいいけど、1回観るともう帰って寝たくてしょうがないくらいには消耗するので、増やすに増やせない感じもある。

観るか観ないか悩んでる人には、この劇評がわかりやすいかなーと思うので、貼っときます。→ 【鑑賞眼】9・11から15年の秋、日本で初演の「ディスグレイスト 恥辱」 人種差別と異教徒への偏見、怒りが充満

以下、多少踏み込んだ感想。観劇済み前提です。たいしたこと書いてない……。
何度かリピった結果、徹頭徹尾アミールの話で、その対照としてのエイブの話で、あとの3人はそれぞれに概念を具現化した装置みたいなものなんだなーって前提で観ると、多少わかりやすくなった気がする。エミリーはアメリカ人、アイザックユダヤ人、ジョリーは黒人。アメリカはアミールを受け入れているようで裏切り、ユダヤは揺れるアミールを煽って、アメリカを手に入れる。

最近、「宗教的にとるべき態度」と「政治的に必要な振る舞い」って、矛盾することが多くて、それは「感情」と「理性」に置き換えることができるみたいなことをよく考えるんだけど、この作品の中の言葉ではそれは「正義」と「秩序」に相当するように思う。「宗教」「感情」「正義」「絵画」と、「政治」「理性」「秩序」「法」の対照と矛盾。矛盾と言うか、葛藤か。アミールの中での葛藤であり、外部との軋轢であり。内心の尊厳と、獲得すべき栄光のあいだ。アミールにとって、信仰心は感情であり、感情はプライドを生み、プライドの寄る辺はイスラム教なので、つまり信仰なんだよな。理性では、秩序とアメリカを欲してるんだけども。

「ディスグレイスト」という概念そのものが、あまり馴染みがない日本人にとって、もっとわかりやすい身近な何かに落とし込むことはできなくもないんだろうけど、それをせずに翻訳台本として上演してんのは、原作戯曲がイデオロギーをキャラクターに落とし込んでるものを、再解釈して別のキャラクターにしちゃうと、結果イデオロギーのほうが変容しちゃうからなんだろうなあ。なので、これを自分の身に引き寄せて、理解するのって、歪む気がする。日本で、日本人の演者で、これを日本人に見せたいのって、理解だとか解釈だとか、思いだとかでなくて、この戯曲で語られてることを知ること自体に、意義があるように思う。これを知れ、と。

日本人が感じられる「ディスグレイスト」のわかりやすい例って、これなんじゃないかなあというのを、先日「シン・ゴジラ」の感想に見つけまして。余談ですが、シンゴジラも絶賛おかわり中なので、まとまった感想書きたいですなあ。

なんで何代も前の自民族の受けた迫害を、我がこととして受け止められるのかつーたら、わたしらだって核を落とされたときには生まれてないので、経験はないけど、日本に、東京に核を落とすって言われたら、戦慄するし、させてはならないことだと、当然のことのように思うんだよなー。これが、世界に受け入れられない感情だという自覚もあまりないほどに。ただ、わたしが感じられるディスグレイストに思い当たったからって、それを引き合いに、アミールを分かった気になっちゃいけないと思うのは、アミールとアイザックの間の齟齬が、まさにそれそのものなんだよな。だから、わかろうとするんじゃなくて、知ろうと思います。いろんなことを。核を忌避する気持ちも、逆を言えば、例えば、富士山がきれいに見えると、なんかしらの祝福を感じるようなことも、たぶん信仰なのだ。日本人としてのアイデンティティの一部。そういうこと、考えたことなかったもんなー、これまで。

まあ、それはさておき、安田顕最高なんですけど!!! アメリカの、ひいては世界の覇権を手にしようとするユダヤを、キャラクターとして落とし込んだアイザック、つまり世界の覇者を演ずる安田顕ですよ! 最高でしょ!? もちろん、そこまでの強者ではなく、だからこそおもしろいし、最高なんですけど、最高なんですよ。言語能力が消えるくらいは、最高なんですよ!!

初見、アイザックとジョリーの関係が冷え切ってるのを、チラ見せしてくる脚本が、なかなかとげとげしいと思ってたんだけど、その辺わかってから2回目観ると、お互いの芝居のとげとげしさのがすごい。おふたりともさすがお上手……。おもしろいなあ、こっちの夫婦の関係性。他人なんですな。自立した個の人間とも言えるのかもしれない。この話のあと、ジョリーめっちゃ持ってったよな、慰謝料……アイザック持ってるだろうしなー。たぶん、エミリー以外にもいるんだろうよ、女。「ブルカをかぶった素晴らしい女性」の話の時に、ジョリーの問い詰め方からして、他にも女いるのをジョリーに疑われてて、めっちゃ楽しい。儲けと才能と愛情が一緒くたになりがちのひとなんじゃねーかなー。たまらんな。ロンドンでエミリーと寝たからエミリーの絵を買うんではなくて、買いたいような絵を描く女と寝たいんだよな。だからすんなり「愛してるんだ」なんて言葉も出てくる。ウフフ、楽しい。アイザックが最初にあの家に来て、エミリーと対話するうちに、獲物を見つけた顔になるのとか、最高で最高の安田顕……目が急に爛々とするんだよなー、好き! あの時エミリーに狙いを定めてから、ロンドンを経て、ホームパーティまで、ずっと詰め将棋なんだよ。絵に惚れ込むことと、絵が生み出す金銭的価値に惚れ込むことと、絵を生み出すエミリーに惚れ込むことが違和感なく一致してて、それを手に入れることに躊躇いないアイザック。わざと早めに来て、アミールとエミリーの衝突嗅ぎ取ってんのも、デリケートな話題に踏み込んでアミールに墓穴掘らせるのも、ジョリーをアミールにけしかけるのも、エミリーを掌握するためだし、ロンドンにエミリー連れてったときも、あの手この手でベッドまで連れ込んだんだろうと思うと、ほんと楽しい!! もっと平たく言えば、酒の入ったグラスを持つ手も、グラスを持ったままタバコに火をつける仕草も、キスを迫る顔も、キザったらしい立ち居振る舞いぜんぶひっくるめて、もうちょうかっこいい! 好き!!!

あの芝居観た人間の中で、最底辺の感想を書いてると思いますが、安田顕最高なので、悔いはないです。東京後半戦も楽しみです。地方は行けないかなあ、たぶん。